定跡研究室 二枚落ち編

二歩突き切り定跡 2017.8.10

ついに始まった新連載「定跡研究室」。とは言え、今回の一回限りで終わる可能性もありますけど。趣旨としては、筆者の愛用する将棋ソフト「技巧2」の検討モードを使って、既存の定跡を検証していきます。

第1回のテーマは、二枚落ちの「二歩突き切り定跡」です。二歩突き切り定跡は、駒落ちの定跡の中でもっともよく知られた有名な定跡であり、昭和の大名人である木村義雄十四世名人の名著「将棋大観」の時代から50年以上の長きにわたり、二枚落ち定跡の定番として指され続けてきた不朽の定跡です。



第1図は二枚落ちの初期配置図で上手の手番です。この局面の評価値は、下手+2000点くらいです。2000点という数字が、二枚落ちの手合いの差の初期値となりますので、この数値を記憶に留めておきましょう。

第1図以下の指し手(1)
  △6二銀 ▲7六歩 △5四歩 ▲4六歩 △5三銀 ▲4五歩 △3二金 ▲3六歩 △5二玉 ▲4八銀 △6四歩 ▲4七銀 △6三玉 ▲3五歩 (第2図)



▲4五歩と▲3五歩の2つの歩を突くところが「二歩突き切り」の名前の由来です。この2つの位(くらい)と▲8八角の睨みを生かして、上手の左の金銀(△3二金と△3一銀)を釘付けにして、活用させないようにするのが狙いです。飛車角が元々ないのに加えて、左の金銀まで使えないとならば、上手のとっても相当なハンデであり、「二歩突き切り定跡」の優秀性の根拠であります。

第2図での技巧2の評価値は、下手+2000点くらいです。▲4五歩と▲3五歩の2つの位を取っただけでは、形勢の差は拡大していないことが分かります。

なお、第1図から第5図までの手順については、私の崇拝する所司和晴七段の著作「【決定版】駒落ち定跡」の手順を参考にさせていただきました。

第2図以下の指し手
  △2二銀 ▲3八飛 △7四歩 ▲3四歩 △同 歩 ▲同 飛 △3三歩 ▲3六飛 △6二金 ▲3七桂 △7三金 ▲7八金 △6五歩 ▲6九玉 △6四金 ▲5八金 △7三桂 ▲6八銀 (第3図)



第3図にて、下手の囲いは「カニ囲い」に。二枚落ちにおける定番の囲いですが、あまり堅固な囲いとは言えず、特に上手に飛車を渡すとすぐに王手で飛車を打ち込まれてしまうので、飛車を渡す攻めは注意が必要になります。

第3図での技巧2の評価値は、下手+2100点くらいでした。初期値から100点ほど上がっています。この段階になると、上手の△3二金と△2二銀の働きの悪さが少しずつ評価値に反映され始めました。下手の囲いが固くないため、ひょっとすると初期値から下がっているのでは?と筆者は思っていましたが、そうではありませんでした。「必要以上に玉を固めない方が良い」がソフトの感覚なのでしょうか。

第3図以下の指し手
  △7五歩 ▲同 歩 △同 金 ▲7六歩 △7四金 ▲9六歩 △9四歩 ▲4六銀 △6四金 ▲5六歩 △8四歩 ▲3五銀 △8五歩 (第4図)



第4図となり、下手は右銀を3五の要所に進出させて、攻撃準備が完了しました。通常は銀が五段目に出ていくと、すぐに歩で追い返されてしまうことが多いのですが、上手の2筋から3筋の陣形に反発する力はなく、▲3五銀が大威張りする形となっています。

第4図での技巧2の評価値は、下手+2600点くらいです。第3図から、さらに500点ほど上がりました。下手にここまで十分な攻撃態勢を組まれてしまった一方で、上手の△3二金と△2二銀が何とも使いようがない状況です。このように、駒の働きの差だけで600点も評価値が動きますので、駒の損得だけでなく、駒の働きについての感覚をマスターすることが上達には大切です。ともあれ、「二歩突き切り定跡」の優秀性があらためて実証された格好です。

第4図以下の指し手
  ▲4四歩 △同 歩 ▲同 銀 △同 銀 ▲同 角 △5三銀 ▲2六角 (第5図)



第5図まで、上手はやむを得ないとは言え、交換したばかりの銀をすぐに5三に打たされてしまい、下手は角を後手玉を直接睨む2六の好位置に手順に転換させました。

第5図での技巧2の評価値は、下手+2900点くらいでした。こうなってしまうと、下手が悪手を指さない限り、差は拡がる一方ですね。


以上、技巧2の評価値をトレースしていくことにより、「二歩突き切り定跡」の優秀性を示す結果となりました。第5図となれば、確かに余程のことがない限りは、下手の勝勢に疑いの余地はありません。しかし、この定跡には、以下の課題があると筆者は思っています。

 【1】上手に変化する手段が多い。第5図に至るまでに、「【決定版】駒落ち定跡」には以下の変化手順が解説されています。
   (1)7手目に△5五歩と突く変化。「5五歩止め定跡」と呼ばれ、なかなか厄介な変化です。
   (2)第2図以下の手順中、△7四歩に代えて△5二金と上がる変化。
   (3)第3図から△7五歩に代えて、△8四歩と突く変化。
   (4)第4図直前の△8五歩に代えて、△2四歩と突く変化。
   (5)第4図から▲4四歩に対して、△同歩の代わりに△5五歩と突く変化。
 【2】勝ち味が遅い。第4図から▲4四歩と突いて本格的な戦いが始まるまでに46手を要している。
 【3】カニ囲いが弱い。下手が攻め方を間違えて上手に飛車を取られ、△3九飛と打たれて負ける光景を何度見たでしょうか。

下手がアマチュア四段以上の実力者であれば、これらの課題は問題にはならないでしょう。しかし、二枚落ちの下手は級位者のことが多く、初心者の場合もあります。平手の定跡など、他に覚えなければならないことが多く存在する中で、【1】の変化を全てマスターして対局に臨むことはまず無理です。もし仮にそれが出来るのであれば、その時点で二枚落ちは卒業です。また、「二歩突き切り定跡」は、二枚落ち専用の指し方の意味合いが強く、平手の指し方とは感覚が異なる印象があって、平手に応用が利きにくいと思います。


さて、ここからが本題です。「二歩突き切り」をやめて、平手感覚で駒組みを進めると、どういう展開になるのでしょうか?

第1図以下の指し手(2)
  △6二銀 ▲7六歩 △5四歩 ▲2六歩 △5三銀 ▲2五歩 △3二金 ▲4八銀 △4二銀 ▲6八玉 △4四歩 ▲7八銀 (第6図)



4筋の歩を突く代わりに、飛車先の歩を伸ばしていきます。ただし、▲2四歩で飛車先の歩を交換する手は後回しにして、玉の囲いを優先するのがポイントの1つです。理由は後で述べます。

上手は、「二歩突き切り定跡」のように右側の金銀が遊んでしまう展開は避けることが出来て、ホッと一安心しているでしょう。そこに心の隙が生まれるかもしれません。上手十分の△5三銀△4三銀の雁木の好形に対し、下手はそれを攻撃目標にしていきます。

第6図での技巧2の評価値は、下手+1900点台。初期値とほぼ同じです。

第6図以下の指し手
  △4三銀 ▲4六歩 △3四歩 ▲4七銀 △3三桂 ▲5八金 △5二玉 ▲3六歩 △6四歩 ▲7九玉 △6三玉 ▲5六銀 (第7図)



第7図まで、下手は「腰掛銀」と呼ばれる▲5六銀型に構えました。ソフトは▲5六銀型が結構好きなようで、平手でも比較的高い評価値を示してくることが多いです。

また、下手の玉の囲いは「左美濃」に構えました。代わりに「矢倉」に組む指し方もあると思いますが、矢倉は組みあがるまでに手数がかかるのが難点です。また二枚落ちの場合は、上手が上部から攻めてくることはまずないでしょうから、上からの攻めに強い矢倉に組む必要はないでしょう。

第7図での技巧2の評価値は、下手+2000点くらいです。初期値とほぼ同じです。

第7図以下の指し手
  △7四歩 ▲3七桂 △6二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩 ▲2六飛 △7三桂 (第8図)



第7図以下、下手は駒組みのラストピースとして、ようやく飛車先の歩を交換して、▲2六飛型に構えました。「飛車先の歩交換三つの得あり」の格言にあるように、飛車先の歩交換の重要性は広く認識されておりますので、飛車先の歩が交換出来る局面では、すぐに交換する方が多いと思います。しかし、本当のところはその逆で、飛車先の歩交換は可能な限り、後回しにした方が良い場合があるのです。その理由は、歩交換して飛車が引き上げるときに、飛車の位置が決まるからです。飛車の位置が2六がいいのか、2九がいいのか、あるいは2八か2五か、お互いの陣形を見てから後で選択が出来るのが大きいのです。最初に位置を決めてしまうと、やはり別の位置が良かったと移動すると、手損になってしまいます。また、二枚落ちではさすがにないですが、相手に急攻を仕掛けられた場合、飛車先の歩交換は不急の一手で玉の囲いの方が手の価値が高いです。

  「飛車先の歩交換は、可能な限り、後回しにせよ」

また、腰掛銀との組み合わせとして、▲4八飛で右四間飛車に構える指し方も有力ですが、筆者は▲4八飛の形がどうも好きになれません。居飛車側の飛車の位置はやはり2筋が最も好形で、2筋→3筋→4筋→5筋と中央に近づくにつれて働きが悪くなります。

第8図での技巧2の評価値も、下手+2000点くらいです。やはり、初期値とほぼ同じです。

第8図以下の指し手
  ▲4五歩 △同 歩 ▲3五歩 △同 歩 (第9図)



「開戦は歩の突き捨てから」の格言どおり、4筋と3筋の歩を順番に突き捨てます。突き捨ての順序はどちらでも良さそうに思えますが、一般には厳しさの低い手から順に突いていき、一番厳しい手を最後に残します。本譜の場合、▲3五歩の方が桂馬の頭を狙っていて、より厳しい手になりますので、厳しさに劣っている▲4五歩を先に突いていきます。

さて、第9図ですぐに思いつく一手は▲4五桂ですが、残念ながら筋の悪い手です。4筋は後手の銀が2枚守備に利いていて強い場所ですので、守りの強い所をガリガリと攻めていくのは、紛れる原因となります。第9図では、玉の堅さを生かした、もっとスマートな攻め方がありますので、考えてみてください。

第9図での技巧2の評価値は、下手+1900点台。初期値とほぼ同じです。

第9図以下の指し手
  ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩 ▲3四歩 △2四歩 ▲3三歩成 (第10図)



▲2四歩の「合わせ歩」の手筋で攻めていきます。△2三歩と打たれて攻めが続かないようですが、飛車を見捨てて▲3四歩が強気の攻めで、第10図となってみると、と金が出来て金が銀のどちらかと交換になりそうですので、駒割りは2枚替えになります。下手の左美濃が強みで、これがもしカニ囲いであれば、△3九飛と打たれて下手の負けパターンとなってしまいますが、本譜の場合は飛車を渡しても下手の陣形はビクともしません。

第10図では、角も成り込めそうですし、桂馬も4五に活用できそう。5六の銀も後手玉の上部脱出を防ぐ支えの駒として、後で働きそうです。少なくとも、下手の大駒が抑え込まれて手も足も出なくなる展開は回避することが出来ました。

以上、「攻めは飛角銀桂」の格言に則った下手のシンプルな攻撃はいかがでしたでしょうか? 第8図における34手目での開戦は、「二歩突き切り定跡」より12手早く、スピード感があって現代的です。シンプルでスピード感がある攻めですので、上手は変化の余地が少ないのではないかと思います。また、決して二枚落ち専用の攻め方ではなく、左美濃の囲って腰掛銀にして攻める指し方は平手に十分応用出来ます。

本譜の陣形と仕掛けの手順、前例があるのかどうか分かりません。もし新鮮味があって、かつ今後広く指されることになるのであれば、「脊尾定跡」と呼んでいただければ、筆者としてそれに勝る喜びはありません。だけど、筆者が相手のときは、真似しないでくださいね。(>パナソニック北門真将棋部の新井さん)

この原稿は、真夜中に一時間ほどノートパソコンとにらめっこしながら技巧2で検討して、手順をまとめたものです。将棋ソフトって便利ですね。私のような素人でもこうした原稿が書けるようになるわけですから。自動車の発明にも匹敵する、人類の叡智と言えるでしょう。

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